第3回 文武両道とは2009年06月01日

郡山ナイン
21世紀枠選出のうたい文句か。
「文武両道」という言葉を、頻繁に目にする。しかし、その言葉の意味とは裏腹に、実は、文武両道の真の意味を感じて実践している学校は意外と少ないのではないか。
「文武両道」の意味は追求していけばいくほど、その言葉の意味は、実にすばらしいものなのだ。「文武両道」=進学校で野球が強いとイメージするだろうが、僕は決してそう思わない。野球でも勉強でも、培われる人間としての力は同じだというのが、「文武両道」の持つ本来の意味だと思っている。
奈良県屈指の進学校・郡山高は、その「文武両道」を実践しているチームである。中村泰広(阪神)福田功(元中日)などのプロ
野球選手だけでなく、奈良県下で、いく人もの教師がおり、幹部クラスを輩出。大手企業の幹部だって、少なくはない。
しかし、郡山は勉強ができて、野球が強い学校というだけではない。進学校だから、文武両道を実践しているのではなく、勉強と野球の両面で、自分の持っている力を上手くリンクさせ、両面で結果を残しているチームなのだ。
この郡山で指導歴47年を誇る森本達幸監督に、文武両道の意味を問うと、こう話してくれた。
「郡山高校に入学することはすごく難しいことです。すごい競争がある。いろんな学校がある中で、郡山で野球をやりたいといって入ってきてくれたことはすごくうれしいことですし、そんな生徒たちを誇りに思います。ただ、私が思うのは、郡山では野球の練習をして、勉強をしようと思ったら、学校の授業と通学の時間でしか勉強することはできません。だから、大事になるのは集中力なんです。野球をする時間も、勉強をする時間も短いけれども、集中してやれば力になる。通学の電車の中で、集中して勉強していることが、野球の集中力にもつながる」
進学校の生徒は、中学の頃から猛勉強をしてきたから、勉強に慣れているという特徴はある。だから、電車の中で勉強をしようという意識が働くが、森本監督の言うように、集中力という部分に目を向ければ、文武両道の本来の意味はそこにある。
つまり人間の本質は、ひとつということなのだ。2時間の勉強の集中力と2時間の練習の集中力は、なんら変わりはない。逆に言いかえれば、勉強をやってもダラダラやるのであれば、その集中力は野球にもつながる。緩慢なプレーはそこから生まれる。野球で集中力を持てれば、勉強でも同じように集中力が保てるはずなのだ。ただそれが、野球を主とする学校は、そのプライオリティーが野球に向いているだけで、つまり、進学校が「文武両道」と呼ばれるのには、そのプライオリティーが並列だということだけなのである。
学生の本分が勉学である以上、文武両道は決して、進学校だけが実践できるものではない。どんなヤンキー学校だって、どんな偏差値底辺校だってできる。

昨年に取材した三重県立上野高も、文武両道の意味を理解したチームだった。生徒たちからは、文武両道の効果をうかがわしてくれる発言が多かった。説明しておくと、上野高校は進学校であることは、もとより、グラウンドが他クラブと共用で、さらには、練習時間は2時間と、厳しい環境に身を置いている。環境面では郡山よりも厳しいといっていい。
選手は口々にこういっていた。
「勉強って、好きな科目だけじゃないですよね。好きな教科もあれば、嫌いな教科もあります。それでも我慢してやることが、試合での粘りにつながってくる。」
「少ない練習時間と少ない勉強時間。1時間であっても集中するのは同じ。1球を大事に、集中していることが、プレッシャーのかかった場面でも、普通にできる。」
郡山高の例と同じことを口にしているのが分かると思う。さらには、ひとつ目のコメントにあるように、嫌いな教科への取り組み方は野球にも生きるはずだ。野球には好きな練習もあれば、嫌いな練習もある。しかし、そこから逃げていては力にならないということを、勉強を通じて学び、野球に生かしているのである。
また、こんな話もある。これは、郡山高の西岡嘉定副部長が、以前に雑談で話してくれたものだが、実に興味深かった。西岡副部長は、同校の出身で、野球部としてもこのクラブを巣立っていった現在は先生であり、同校野球部コーチだ。大学を卒業後に、教員となり、広陵高(現大和広陵高)勤務を経て、今にいたっている。
「(進学校のいいところは)成功体験を持っているかだと思います。たとえば、漢字テストで100点を取るために、何をしなくちゃいけないか。これだけのことをしないと、100点を取れないと。手を抜いていると、簡単に60点になる、と。野球も一緒で、ヒットを打つためにティー打撃で練習しますけど、10球あって、10球をしっかり打つのか、ちょっとしか打たないのか。結果が出るために何をやらなくてはいけないのか、勉強で分かっていれば、野球でも、という意識につながると思います。」
何度も言うように、進学校だから勉強に目が向きやすいのは確かにある。だが、さほど勉強ができなくても、野球での集中力が持続するチームであれば、逆に勉強にもその集中力は生きるんだということを忘れてはいけない。
本番である夏が近づいてくると、少しの時間も無駄にしたくないという指導者や選手の気持ちは分かる。出来る限りの時間を練習に向けたいと思うことは決して悪いことではない。しかし、もし、それが思うような練習時間を得られなかったとしても、勉強をしなくてはいけない時間が増えたとしても、その勉強に向いた時間も、実は大きな力になるのである。
夏の大会前、高校生には期末考査があると思う。それはどの学校も同じだろう。それぞれに課せられるノルマは高校によってさまざまだろうが、嫌いな教科であっても、そこから逃げずに一生懸命頑張れるかどうかで、夏の本番では大きな力になる。
「文武両道」を力にー。
全国の高校球児、誰もが、持つことができる大きな力である。

- 氏原 英明
- 生年月日:1977年
- 出身地:ブラジルサンパウロで生まれる
- ■ 高校時代から記者志望で、新聞記者になるのが将来の夢だった。
- ■ アトランタ五輪後に、スポーツライターに方向転換。
- ■ 大学を卒業後、地元新聞社に所属。
- ■ その後スポーツ記者として、インターハイなど全国大会の取材も経験させてもらい、数々の署名記事を書く。
- ■ 03年に退社。フリー活動を開始。
『週間ベースボール』、『ベースボールクリニック』(ベースボールマガジン社)、『アマチュア野球』(日刊スポーツ出版社)『ホームラン』(廣済堂出版)、『Number』(文藝春秋)、『Sportiva』(集英社)、『高校野球ドットコム』『ベースボールファン』などに寄稿。フリーライターとしての地位を固める。
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