人間力×高校野球

第4回 もう一つの甲子園2009年07月02日

城東工科ナイン

 そこには、世間には知られることのない、それぞれのドラマがあった。 

 平凡なキャッチャーフライを取っただけでベンチからは大喝采。ひとつのヒットも、チーム内の喜びようといったら、いつものそれではない。ただの練習試合なのに、プレー一つひとつからは〝想い〟が感じられる。
本番まで2週間あまりの、ある日の練習試合のことである。
大阪府立・城東工科法隆寺国際と練習試合を戦った。だが、その日、城東工のメンバーとして試合に出た12人の選手は、最後の夏、このユニフォームを着ることはない。大会に臨む18人のメンバーから漏れ、悔しくも、この日が最後の試合となるのだ。

 メンバーにはそれぞれのドラマがあり、彼らはこの日を迎えた。
 小学生から野球を始め、ずっと補欠でこの日を迎えた選手兼マネージャー。自らの犠牲を顧みず、練習の手伝いばかりをしては、結局、活躍できぬままに終わった心優しき選手。遠征の時には欠員が出ても「僕はいいです」と拒否した。小兵ながら投手を志し、朝練から居残り練習までやり続けた努力家。「道具を大切に」という言葉を忠実に守り、ひたすらバットを拭き続けた選手もいた。
 様々な想いを抱いた選手たちが、この日のグラウンドに立っている。遺恨も悔恨もない。技術の上手下手もない。野球を愛する球児が、ただひたすらに白球を追う。野球部員として、3年間耐えてきたそのすべてをぶつけている。

 この試合の趣旨を、母校を率いる見戸健一監督は言う。
 「6年前くらいからうちと斑鳩(現・法隆寺国際)にメンバー外になる3年生が多いということで始めた。3年間頑張ってきた選手に、最後の晴れ舞台を用意してあげたい、と思ってね」
引退試合と言ってしまうと華やかすぎる。人に見せて喜ぶものではなく、部員達にとって、野球選手としてのすべてを出しつくす舞台。それがここにあるのだ。

 ひとつのヒットに喜び、ひとつのアウトに喝采が飛ぶ。仲間の声援がここまで力をくれるのか。ひたむきな姿勢はまるで、これからの人生を映し出してくれているようだ。 

 こうした試合は岡山や奈良県で、数校が実施していると聞くが、体験した者にしか分からない独特の雰囲気があるという。この日当日、試合を観戦に訪れていた斑鳩高OBのひとりに聞くと、「僕らの代は3人しか外れなかったんですけど、とにかく、楽しい時間だったなぁというのを覚えています」と話してくれた。こういう試合があるという話を、最初に教えてくれたマネージャーの一人は「肩がいたくて投げれない選手も、これが最後だからって必死に投げて、周りも必死に声をかけて、支えて、みんなで頑張

っているんです。引退試合とか球場でやるとか、練習試合であるとか、そういうのは関係なくて、あの試合での、選手の笑顔は忘れられないです」

 余談になるが、この試合を初めて開催した当時に城東工の選手として出ていた一人が、現在、お笑い芸人として人気沸騰中の藤崎マーケット・藤原時である。泣きながらプレーをしていたそうだが、こうした経験を経たドラマが彼にもあったそうだ。「(彼が)人気が出てきたときに、メールをしてみたことがあった。すると、すぐに連絡が来た。ああいう風になっても、全然、浮ついた様子はなかった」というのは見戸監督の話である。ここでの区切りが彼を成長させたというと話を作り過ぎだが、人生のひとつの幕として刻まれているのだろう。

 もっとも、メンバー外になったのには、それなりの理由がある。それはどこの学校も同じだろう。城東工では最後の夏のメンバーを投票によって決めるが、単なる人気投票ではない。練習への出席日数、学業の成績、どこまで頑張ったか。そして、試合に出て、戦力になっているか。決め手はさまざまである。

  城東工は欠点を二つ以上取った場合は、練習停止1週間を言い渡されるから、それが遠征メンバー漏れとなり、そのまま夏も漏れるということが時としてある。先述した選手のように遠征を「遠慮する」のは不利であるが、それも込みでメンバーは決められる。

 外れる理由は当然のようにある。一般的な観点からすれば「この試合で頑張るんやったら、今まで努力しといたらいい」となるが、指揮官は野球部員にはそんなことだけを求めてはいない。見戸監督が力を込めて言う。
「入部した時に選手たちに言うのは、野球部員として一番立派なのはレギュラーになることでも、全国制覇をすることでもない。最後までやり切ることや、と。この日を迎えられたことが、立派や、ホンマ立派やと思うよ」。

 この日の試合は、投手戦を展開。7回まで0行進だった。それもあってか、ハイテンポな試合となり、時間も余裕が出そうだからと12イニングで試合を決することにした。法隆寺国際が2点を先取。城東工が1点を還す。法隆寺国際が11回裏に追加点。しかし、12回表、城東工は2死から連打で満塁と好機を作った。この回、実は5番から始まる打順。3人で終われば、誰かの打席が少なくなったが、つないで9番まで打席は回った。逆転はならなかったが、なんともドラマチックな話である。

 試合後、キャプテンの三上が笑顔で話してくれた。
「3年間、みんな必死で頑張ってきて、メンバー外の選手が、その3年間のすべてをぶつけようとこの日を迎えました。その姿を見届けよう、応援しようという気持ちでした。みんないい表情をしていたので、清々しい気持ちです」。

 練習から自らを顧みずに、チームメイトばかり気を掛けてきた大石は、1番に入って3安打と活躍。指揮官にして、「野球の神様はおった」という活躍である。当の本人、最後のバッターになったということで「悔しい」と唇を噛んだが、試合を終え、「辛いこともあったし、学べたこともあった。この3年間を誇りにしたい」と言い切った。 

 そして、道具を大切に、バットを拭くのが日課だった青木もヒットを放った。「みんなの支えが僕の背中を押してくれた。12回に城工らしいつなぐ野球ができた。印象に残る試合でした。今度は僕たちがメンバーを支えられるよう頑張ります」と、笑顔を見せた。

  城東工の3年生部員は27人。支え合ってきた27人の3年間がここで幕を閉じた。遺恨も、悔恨もない。上手も下手もない。紆余曲折を乗り越え、この日を迎えることができたのだ。
 三上が最後、こう締めくくってくれた。
 「最後のつながりは、いい雰囲気で城工らしい野球。ずっと心に残る試合でした。夏は全員で勝ち上がるしかないですね」

 

 世間には知られることのないそれぞれのドラマは、彼らの心に、いつまでも響いていく。


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城東工科 【高校別データ】
法隆寺国際 【高校別データ】

プロフィール

氏原英明
氏原 英明
  • 生年月日:1977年
  • 出身地:ブラジルサンパウロで生まれる
  • ■ 高校時代から記者志望で、新聞記者になるのが将来の夢だった。
  • ■ アトランタ五輪後に、スポーツライターに方向転換。
  • ■ 大学を卒業後、地元新聞社に所属。
  • ■ その後スポーツ記者として、インターハイなど全国大会の取材も経験させてもらい、数々の署名記事を書く。
  • ■ 03年に退社。フリー活動を開始。

    『週間ベースボール』、『ベースボールクリニック』(ベースボールマガジン社)、『アマチュア野球』(日刊スポーツ出版社)『ホームラン』(廣済堂出版)、『Number』(文藝春秋)、『Sportiva』(集英社)、『高校野球ドットコム』『ベースボールファン』などに寄稿。フリーライターとしての地位を固める。

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