第9回 物事の本質を考える2009年12月27日

柔道グランドスラム東京大会【東京体育館】
「締め直そう帯の緩みと心の緩み」
「磨いた技に黒帯を、いつも心に白帯を」
「マナーで一本」
これは、今月に東京で開催された「柔道グランドスラム東京大会」の会場に掲げられていた断幕だ。さすがは日本の国技の一つ、柔道である。日本人の精神の一つとして、根底にあるのだろう。柔道家のお辞儀は非常に丁寧だ。静止して、頭を下げる。そうしたお辞儀が当たり前のように行われている。かといって、それが直接、日常につながっているかというと、必ずしもそうとは言えないのが彼らの課題ではあるのだが…。
高校球児にとっての日常は授業態度であり、電車通学の道中だ。僕は、取材などで電車を使う際は、野球部の生徒がどのような態度をしているかを見るようにしている。
そこで思うのは、目立つ高校ほど、マナーが悪く、目立たない学校ほどマナーが良い。電車は公の場だから、目立つ行動は乗車している人にとって気に障るのだ。
そして、そうしたチームは、あまり上位進出できない。強豪私学に勝てていない。
最近、特に気になるのが制服に野球帽を着用している選手たちだ。最近といっても、4、5年前くらいから、関西、特に僕の住む奈良県で多く見られたものだ。

08'神奈川大会開会式より
ファッション的にどうかという指摘もある。制服には制服帽で、野球のユニフォームには野球帽なのだから、それに逆らうと、見栄えは良くない。
聞くところによると、帽子の型を崩したくないという思いが、高校球児にあるらしい。いうなれば、かっこいい型にこだわっているのだ。
野球選手にとって、かっこいいのは、ヒットを打つことであり、チームに貢献することであり、一生懸命プレーすることであるはずだ。ファンション的な指摘はともかくとして、通学に野球帽をかぶるという行為はどうしても、気持ちの緩みを感じずにはいられない。
本来重視するべき部分は野球であるはずなのに、「見られたい、かっこよく見せたい」願望が強いようでは、勝てる試合も勝てない。
全国的な甲子園常連校が通学時に帽子をかぶっているのを見たことがあるだろうか。私学は寮生活なので、多くは確認できないが、上位に進出している通いの私学が通学で帽子をかぶっている姿はほとんどみたことがない。
私学には圧倒的な技術力がある。「こんなところで負けてられるか」という意地もある。そうした相手に立ち向かって勝ちたいと思ったなら、私学を上回るだけの精神力、気持ちを持たなければいけないのではないか。帽子の型に気を配っている時点では、強豪私学に勝てるはずもないのだ。
私学にも帽子の型をつけている選手もいれば、眉毛をそり上げている選手も多くいる。それでも勝てるのは、圧倒的な技術力があるからだ。彼らには負けない気持ちで上回りたかったら、試合の時にだけ、「打倒」を掲げたって、気持ちで勝てることはない。
日常から律していかないことには、野球部であることの誇りや想いをその部分に向けなければ、勝てるはずもないのだ。

- 氏原 英明
- 生年月日:1977年
- 出身地:ブラジルサンパウロで生まれる
- ■ 高校時代から記者志望で、新聞記者になるのが将来の夢だった。
- ■ アトランタ五輪後に、スポーツライターに方向転換。
- ■ 大学を卒業後、地元新聞社に所属。
- ■ その後スポーツ記者として、インターハイなど全国大会の取材も経験させてもらい、数々の署名記事を書く。
- ■ 03年に退社。フリー活動を開始。
『週間ベースボール』、『ベースボールクリニック』(ベースボールマガジン社)、『アマチュア野球』(日刊スポーツ出版社)『ホームラン』(廣済堂出版)、『Number』(文藝春秋)、『Sportiva』(集英社)、『高校野球ドットコム』『ベースボールファン』などに寄稿。フリーライターとしての地位を固める。
- ■ 「人間力×高校野球」好評連載中!!
- ■ ブログ:「心で書く!」(氏原英明オフィシャルブログ)
- ■ 講演依頼








その競技の技術向上だけでなく、人としての礼儀・マナー・物の考え方などスポーツを通して学んでいけるように毎日の指導にあたっていますが、なかなか難しいものです。
「人間×高校野球」のコラムを毎日、1回分ずつをコピーして生徒に渡しています。真剣に読み、少しずつ心に響いているような感じがします。これからもよろしくお願いします。
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